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第30回 顧客と利他的関係を築く

「業績が好調で社員が幸せに働いている企業では何が起こっているか」をテーマに実施した研究で、私は、働く人の幸福感が平均以上で営業利益が業界平均よりも高い企業のいくつかの共通項を発見し、その状態を指して「マスアイデンティティ」と名付けました。「マスアイデンティティ」についてはまた別の機会にご紹介したいのですが、今回は「マスアイデンティティ」の中心になる考えの一つ「利他性」についてのお話しです。

 人はなぜ、自分に利がある「利己性」ではなく、自分よりも他人を優先する「利他性」を発揮するのか。近年の研究がなるほどと納得できる情報を提供しています。

 人が利他性を発揮する理由、そのひとつは、他を利することによる、「いい人」の評判の獲得です。「いい人」の評判を獲得すれば、その評判が回り回っていずれ自分を利する可能性があります。でもそれは可能性があるというだけで、確実に利があるというわけではありません。それでも人が利他性を発揮するのは、脳の報償系に関係があるといいます。つまり、他人に優しくしたり、他人を助けたりすることで、純粋に嬉しさを感じるという性質が生まれながらに備わっている、というわけです。

 さらに利他的行動は伝播すると言われます。誰かに助けてもらった人は、多くの割合で、その人に対していずれお返しをしようと考えますし、全く違う第三者を助ける行動につながることさえあります。人が社会的な存在であることを考えると、良好な人間関係をつくる利他的行動の妥当性には納得がいきます。

 利他性はさまざまな人間関係に働きかけます。ビジネスの現場では特に、経営者と社員、売り手と買い手の関係など、異なる立場にある人たちの関係に重要な働きかけをします。そして企業におけるそれぞれの役割を超えた、人と人との「お互いさま」の関係を築くのに役立っていると思います。

 自動車ディーラーで素晴らしい営業成績をあげるある営業パーソンは、顧客について幅広い情報を集め、困っていることがあれば、それが商売とは関係ない話であっても親身になって相談にのるといっていました。車を売るという営業パーソンにとっての「利己的」行動よりも先に、相手の役に立とうという「利他的」行動によって信頼を獲得することに力を割きます。その結果、顧客の側からも相手の役に立とうという利他性が発動されて、購入に結びつくというメカニズムがあるようです。

 人と人との間に「利他性」が現れると、従来は「対峙する」関係であった経営者と社員、あるいは売り手と買い手が「同じ方向を向く」関係に変わります。これが、物もサービスも飽和し、大きな差が感じにくくなった現代において、「それでも売れる」根拠になったり、社員の力を引き出す原動力になったりします。「利他」と「利己」が表裏一体であることがよくわかります。