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第199回 「ビジネスに正解はない」が正解なわけ

とある経営者のお話です。前任社長に頼まれて社長を引き継いだらしく、やらなければいけないことを無我夢中でやってきた結果、お客さんも安定して売り上げもなんとか上がっている。ほっと一息ついたところで「経営を勉強しなくちゃ」と思い立ったのだとか。

聞いてみるとスタッフの配置や待遇、取引先とのお付き合いなど順調に進めている様子。でも「自分のやっていることが正解かどうかわからない」のがお悩みだったそうです。

なるほど、と思いました。多くの人は「物事には正解がある」と思っておられる。だから、自分が「正解をやっているかどうかが心配で仕方なくて、正解を知っている人がいるなら教えてもらいたい」と思っておられるのです。

人材が定着していて売り上げも利益を上がっているのであれば、「それが正解なのでは?」と私などは思うわけですが、そういう言い方をしても、怪訝な顔をされるばかり。きっと、ご自分のやったことを、順を追って説明するとか、うまくいった理由を言葉にして伝えることができなかったりで他人からのフィードバックを得ることができず、その結果、「自分がやっていることが正解かどうかわからない」となってしまうのではと推測します。

確かに、世の中にあふれる経営論やマーケティング論の理路整然とした説明ぶりと比較すると、ご自分がやってきたことは何とも泥臭く、試行錯誤の繰り返しで、言葉にならないウダウダを多く含んでいると感じるのも無理はありません。ただ考えてみると、世の中にあるこれらの「なんとか論」とかいうのは全部後付け。うまくやっている会社の状況を調査研究し、そこにある一定のルールみたいなものを見つけて、それらしい名前を付け、世の中に知らしめている。だから、すべて過去の事象の解釈と言えます。

過去の事象の解釈だからと言って、正しくないわけではありません。でも、それがすべてどのような状況においても当てはまるかというと決してそんなことはないはずです。成功した多くの企業がやっていたという理由だけで、自社で同じことをやってみても、同じように成功するかどうかは神のみぞ知る世界です。つまり、それらが、誰にとっても「正解」となるものを示しているわけではないということです。

だからこそ、「正解はない」ということを大きな声で言いたくなるわけです。第三者が決める「正解」などなくて、当事者が「正解」をつくるといった方が正しいのではと。まず、何に対して「正解」を求めているかを明らかにし、どうなれば「正解」であると判断するかを検討して、その実現に向かっていろいろ試してみる結果、「正解」が生まれるのだと。

冒頭の経営者の例でいえば、売上と利益を維持すべく、それが可能な方法をいろいろと泥臭く試してみて、まぁまぁいい線行った。だとしたら、公序良俗や自分の価値観に背いていない限り、売上と利益の維持に貢献した行動や判断が、まぎれもなく「正解」であったということになります。

ところがこの方の頭にはこんな疑問がよぎります。「私でないほかの誰かがやったら、どうなっただろう?」と。「もっとよくできたのではないか?」「もっといい成果をうみだしたのではないか?」と不安になるというのです。

その気持ちもわかります。私であれば、こんな局面は「どんな人も能力的にはどっこいどっこい」という若干無理やりな理屈で切り抜けます。結局のところ、勝負を分かつのは、能力ではなく、その人の集中度や関与度であり、どれだけ意欲と力を注げるかなのです。だから、本当に全力を注いだという感覚があるのであれば、「その仕事に対する誰よりも優れた正解を出したはず」ということにしてしまうわけです。

もう一つ付け加えると、全力を注ぐためには、自分の得意分野、強み、利き腕を活かすのが一番です。得意分野、強み、利き腕であれば、飽くことなく追求できます。そうすれば「正解」に到達するまで粘れる可能性が高まります。

というわけで、「正解」をともに作り上げたい方、ぜひご一緒しましょう!


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